最近忙しく、めっきりブログへの投稿もご無沙汰。スケジュール帳に予定のない日がなくて目が回りそう。人気者であるはずはなく、自分で色々企画しては忙しくしているだけなんですけども・・・。
4月頃より、青梅を買ってきては、梅シロップ作り。そして青梅を追熟させ黄梅にして、初めての梅干しin台北に挑戦。市場で紫蘇も見つけたので、塩もみしたり。最近、めんつゆやぽん酢さえも市販品を買わずちょちょっと自作していますが、手作り食品は何かと手がかかります。
そして半年ほど前からスピニングという自転車こぎの運動のためスポーツセンターに行っていて、これが週1-2回。しかも毎回お昼ご飯の時間にあって、1日が細切れになり、あっという間につぶれてしまう。家にべったり居ることがないので、家の掃除や衣替えがはかどらず~週末、長らくしていなかったリビングの掃除を主人にお願いしたところ、むちゃくちゃほこりがたまっていたらしい。どうして一日中時間があるのにこんなに汚いのかとおしかりの声。どうしても優先順位が低くて・・・すいません。
また中華のお料理教室を2件かけ持ち。更に隔週で教え始めた日本の家庭料理の試作、レシピ作り、翻訳、打ち合わせと正に料理三昧。その合間に日本から友達が来たり、友人とのランチ、子供の習い事付き添いやら幼稚園のイベント事、蛍も見に行った。ただ忙しくても、OL時代と違って自分の好きなことばかりしているので、ストレスフリーな生活を送っていることには感謝せねばなりません。
どうしてこんな生活をしているかって・・・
それは9月に翔太の小学校入学を控え、最後の自由時間をエンジョイするためであります。台北の小学校は低学年のうちは火曜日が4時まで以外、昼前で授業が終わり下校になります。大部分の子供は安親班と呼ばれる学童保育で6時まで過ごすのだけど、少数派の専業主婦家庭はママが面倒を見ることが多いです。台北は治安や安全性の問題から、日本のように放課後に子供達だけで外出したり、公園に遊びに行く習慣がないので、どこへ行くにも何をするにも親がかり、もしくは外注になります。
私としては勉強が中心の安親班より外で体を動かして欲しいし、日本語の勉強もさせたい、学校の宿題はかなり多いため、自分で見る覚悟をしています。友人ママからは外部にお任せした方が良いという意見もあって、ぐらぐら揺れまくり~戦々恐々です。皆さん、どうされていますか。
★バーベキュー大会&すいか割り、すいかを割るのはバットです

★家で野球、もう止めてくれよ(縦方向の写真がうまくアップできません)

★グレープフルーツサラダ 試作品
4月頃より、青梅を買ってきては、梅シロップ作り。そして青梅を追熟させ黄梅にして、初めての梅干しin台北に挑戦。市場で紫蘇も見つけたので、塩もみしたり。最近、めんつゆやぽん酢さえも市販品を買わずちょちょっと自作していますが、手作り食品は何かと手がかかります。
そして半年ほど前からスピニングという自転車こぎの運動のためスポーツセンターに行っていて、これが週1-2回。しかも毎回お昼ご飯の時間にあって、1日が細切れになり、あっという間につぶれてしまう。家にべったり居ることがないので、家の掃除や衣替えがはかどらず~週末、長らくしていなかったリビングの掃除を主人にお願いしたところ、むちゃくちゃほこりがたまっていたらしい。どうして一日中時間があるのにこんなに汚いのかとおしかりの声。どうしても優先順位が低くて・・・すいません。
また中華のお料理教室を2件かけ持ち。更に隔週で教え始めた日本の家庭料理の試作、レシピ作り、翻訳、打ち合わせと正に料理三昧。その合間に日本から友達が来たり、友人とのランチ、子供の習い事付き添いやら幼稚園のイベント事、蛍も見に行った。ただ忙しくても、OL時代と違って自分の好きなことばかりしているので、ストレスフリーな生活を送っていることには感謝せねばなりません。
どうしてこんな生活をしているかって・・・
それは9月に翔太の小学校入学を控え、最後の自由時間をエンジョイするためであります。台北の小学校は低学年のうちは火曜日が4時まで以外、昼前で授業が終わり下校になります。大部分の子供は安親班と呼ばれる学童保育で6時まで過ごすのだけど、少数派の専業主婦家庭はママが面倒を見ることが多いです。台北は治安や安全性の問題から、日本のように放課後に子供達だけで外出したり、公園に遊びに行く習慣がないので、どこへ行くにも何をするにも親がかり、もしくは外注になります。
私としては勉強が中心の安親班より外で体を動かして欲しいし、日本語の勉強もさせたい、学校の宿題はかなり多いため、自分で見る覚悟をしています。友人ママからは外部にお任せした方が良いという意見もあって、ぐらぐら揺れまくり~戦々恐々です。皆さん、どうされていますか。
★バーベキュー大会&すいか割り、すいかを割るのはバットです

★家で野球、もう止めてくれよ(縦方向の写真がうまくアップできません)

★グレープフルーツサラダ 試作品
大樹、翔太の通っている幼稚園に移って3ヶ月。最初は恥ずかしがって輪に加わらなかったり、お昼寝中のお漏らしも続いたけれど、ここのところ環境にも慣れてきたようです。家に帰っても日本語が陰を潜め中国語ばかり話すように。昨年9月から園に通い出して7ヶ月経つけれど、やっと中国語のコップが満タンになって、水が溢れ出したようです。先生によると大樹は”観察型”の子供だそうで、最初は自分から積極的に何もせず(自分が興味ないことは、徹底してやらなかった)、ブラブラして他の子の行動を見てばかりでしたが、そろそろその観察期を過ぎ、お友達の名前も覚え、徐々に輪に加わり楽しくやっているようです。放課後の習い事のサッカーにも、最近参加するようになりました。
翔太は卒園まで残すところ2ヶ月。日本だったら4月から小学校一年生です。
園では卒業制作なのか、世界地図ばかり毎日作っているらしい。翔太の同級生ママパパに会うと、子供をどこの小学校に入れるのか? 放課後から夕方までの時間、どこに送るか? がホットな話題。台北では日本と同様、公立小学校は学区制になっているものの、戸籍住所を知人宅に換えることで、小学校を選ぶことができます。ゆえに何年も前から学校のことを考えて、住所を移した人が多いこと。うちは長らく日本人学校にと思っていましたが、今のところは台北に住むのだから北京語も必要だし、地元の友達を大切にしたいと考え、地元小学校へ進学させることにしました。もう日本では一年生なので『あいうえお』の読み書きも教えたいし、台湾の小学校入学に向けて注音符号という発音記号の練習もしないといけない。なかなか自主的にはやってくれないので、大変だわ・・・。
話は変わりますが、今日は幼稚園主催の母の日運動会。日本のように赤白に分かれて点数を競う訳ではなく、競技を何種類かやるものの勝ち負けカウントなし。親子全員参加で一緒にゲームする会と言った感じなのだけど、子供の周りをびっちり大人が囲って写真を撮っているから、運動って感じしないんだよね。
20組の親と子が順々にバトンを渡すリレーがあり、パパママ達が懸命に走る姿はそれまた面白いものでした。うちは主人があいにく出張中につき、大樹、翔太、私は2回走りました。最後には年少~年長まで年別のサッカーの試合もあり。二人とも大活躍!
兄弟二人の幼稚園生活もあと少しです。
★ちょっと前まで、ママーママーって私を離れなかったのに成長したわ

★リレーでトラック半周、ママにバトンを渡す(蔡パパ写真撮影ありがとう)

★年少さんサッカー 大樹がシュートを決めました

★年長さんサッカー 翔太頑張れ!

翔太は卒園まで残すところ2ヶ月。日本だったら4月から小学校一年生です。
園では卒業制作なのか、世界地図ばかり毎日作っているらしい。翔太の同級生ママパパに会うと、子供をどこの小学校に入れるのか? 放課後から夕方までの時間、どこに送るか? がホットな話題。台北では日本と同様、公立小学校は学区制になっているものの、戸籍住所を知人宅に換えることで、小学校を選ぶことができます。ゆえに何年も前から学校のことを考えて、住所を移した人が多いこと。うちは長らく日本人学校にと思っていましたが、今のところは台北に住むのだから北京語も必要だし、地元の友達を大切にしたいと考え、地元小学校へ進学させることにしました。もう日本では一年生なので『あいうえお』の読み書きも教えたいし、台湾の小学校入学に向けて注音符号という発音記号の練習もしないといけない。なかなか自主的にはやってくれないので、大変だわ・・・。
話は変わりますが、今日は幼稚園主催の母の日運動会。日本のように赤白に分かれて点数を競う訳ではなく、競技を何種類かやるものの勝ち負けカウントなし。親子全員参加で一緒にゲームする会と言った感じなのだけど、子供の周りをびっちり大人が囲って写真を撮っているから、運動って感じしないんだよね。
20組の親と子が順々にバトンを渡すリレーがあり、パパママ達が懸命に走る姿はそれまた面白いものでした。うちは主人があいにく出張中につき、大樹、翔太、私は2回走りました。最後には年少~年長まで年別のサッカーの試合もあり。二人とも大活躍!
兄弟二人の幼稚園生活もあと少しです。
★ちょっと前まで、ママーママーって私を離れなかったのに成長したわ

★リレーでトラック半周、ママにバトンを渡す(蔡パパ写真撮影ありがとう)

★年少さんサッカー 大樹がシュートを決めました

★年長さんサッカー 翔太頑張れ!

今年40になったこと。次男も幼稚園に通い始め自由な時間ができたので、今まで暖めていた計画を実行中。
いつも買い物に通っているお店で、日本式おにぎり教室を開催しました。しとしと雨の土曜日、30数人も集まり会場は熱気ムンムン。大部分は中高年のおばさまですが、子連れのママ、若いお父さんやおじさんもいました。参加者におにぎりを作ったことある人? と尋ねたところ、5人の手が上がりました。おにぎりの中身を尋ねたところ、肉そん(甘く味付けした肉を乾燥してほぐしたもの、台湾式ふりかけ)、台湾式キュウリのQちゃんが人気。日本に比べると自分で作る人は少なく、朝出ている台湾式おにぎりの屋台やコンビニで売っている日本式三角おにぎりが一般的だそう。
日本人にとってのおにぎりとは・・・とうんちくをはさんで、いよいよ調理開始。
ご飯は白米と、玄米入り白米の2種類を使い、4種類のおにぎりを作ります。具は1.桜エビとゴマ、2.くるみと梅干し、3.大豆のおかか和えと、4.ワカメ入り焼きおにぎり。それぞれの具の作り方を実演してから、三角型と俵型のおにぎりを握りました。
何人か前に出てきてもらって、三角おにぎりを体験してもらいましたが、右手を山形にしてきれいな角を作ることと、握りながらおにぎりを回転させるところが難しかったようです。小学生やおばさまも積極的に出てきて体験してくれたので、助かりました。その場で握った全員分のおにぎり、そして家から持って来ただし巻き玉子、ポテトサラダ、菜っ葉の炊いた物、きゅうりの酢の物、その場で作った豚汁を振る舞ったところ、ほんの数分で売り切れ、量が少なすぎるとおしかりの声が。
お腹に食べ物が収まったら、今度は質問攻撃。私にとっては何のテクニックも不要で、出すのもはばかられるような普通すぎる日本の家庭の味ですが、台湾の方にはとても新鮮に映ったらしく、作り方を事細かに質問されました。そして全部美味しかった!!! と大反響。世界で一番日本食が浸透していると思われる台湾ですが、自分で作れる人は多くないようです。おかげさまで今月から料理教室も開催することになりました。頑張ります~。
★みんな積極的に出てきてくれるので助かる

★豆のおかか和えおにぎりと、ワカメ入り焼きおにぎり
いつも買い物に通っているお店で、日本式おにぎり教室を開催しました。しとしと雨の土曜日、30数人も集まり会場は熱気ムンムン。大部分は中高年のおばさまですが、子連れのママ、若いお父さんやおじさんもいました。参加者におにぎりを作ったことある人? と尋ねたところ、5人の手が上がりました。おにぎりの中身を尋ねたところ、肉そん(甘く味付けした肉を乾燥してほぐしたもの、台湾式ふりかけ)、台湾式キュウリのQちゃんが人気。日本に比べると自分で作る人は少なく、朝出ている台湾式おにぎりの屋台やコンビニで売っている日本式三角おにぎりが一般的だそう。
日本人にとってのおにぎりとは・・・とうんちくをはさんで、いよいよ調理開始。
ご飯は白米と、玄米入り白米の2種類を使い、4種類のおにぎりを作ります。具は1.桜エビとゴマ、2.くるみと梅干し、3.大豆のおかか和えと、4.ワカメ入り焼きおにぎり。それぞれの具の作り方を実演してから、三角型と俵型のおにぎりを握りました。
何人か前に出てきてもらって、三角おにぎりを体験してもらいましたが、右手を山形にしてきれいな角を作ることと、握りながらおにぎりを回転させるところが難しかったようです。小学生やおばさまも積極的に出てきて体験してくれたので、助かりました。その場で握った全員分のおにぎり、そして家から持って来ただし巻き玉子、ポテトサラダ、菜っ葉の炊いた物、きゅうりの酢の物、その場で作った豚汁を振る舞ったところ、ほんの数分で売り切れ、量が少なすぎるとおしかりの声が。
お腹に食べ物が収まったら、今度は質問攻撃。私にとっては何のテクニックも不要で、出すのもはばかられるような普通すぎる日本の家庭の味ですが、台湾の方にはとても新鮮に映ったらしく、作り方を事細かに質問されました。そして全部美味しかった!!! と大反響。世界で一番日本食が浸透していると思われる台湾ですが、自分で作れる人は多くないようです。おかげさまで今月から料理教室も開催することになりました。頑張ります~。
★みんな積極的に出てきてくれるので助かる

★豆のおかか和えおにぎりと、ワカメ入り焼きおにぎり
翔太・大樹の通う幼稚園で先学期から始まった企画で、月一で園児の父兄が園で子供達向けに自らの仕事や趣味を紹介する時間があります。
今までに、歯科医、整形外科医、眼科医による仕事紹介。IBMエンジニアがパソコンを分解してコンピューターの仕組みを紹介。広告業界人によるマーケティングのお話(本当のイチゴをつぶして作ったイチゴミルクと、香料や着色料で作ったイチゴミルクの比較)。子供達がデザイン会社のオフィスにおじゃまし、自分が描いた絵をパソコンに取り込んで世界に一つだけのノートブックを制作。インドにボランティアに出かけた大学職員によるインド文化の紹介等々。お父さんあり、お母さんあり、皆さん教育熱心だわあ。
対象は2-6才までの子供達ですが、どの父兄も写真や図解を駆使して専門分野を噛み砕いて説明されたよう(どこまで分かるかは別として・・・)。私も聴いてみたい興味深い話ばかり、今の子供って本当に恵まれているよなあ。こんなに小さい頃から職業教育が受けられて、しかも解説してくれるのはその道の専門家ばかり。
ああうらやましい。
さて先月、お友達のママがチェロを紹介をする企画で、チェロとバイオリンの音色比較のために、息子にバイオリンを弾くようにお願いしているけれど恥ずかしがって弾きたがらないと話があり、急きょ時間がある私がお手伝いすることに。このママはチェロが専門で音大出身、しかも音楽の先生。チェロとバイオリンの大きさ比較、チェロの各部位の名前や役割を紹介、二つの楽器の音色の違い等をクイズを交えて、分かりやすく紹介されたのはさすが先生。私は先生ママの隣でバイオリンを抱えてにこにこしていて、音色の比較のところで、『ちょうちょ(台湾では小蜜蜂という名前)』 をアンサンブルしただけ。そして最後に先生ママがサンサーンスの『白鳥』の独奏して無事終了。
私は刺身のつまのような存在で、子供から”●●ママ~!”と愛想良く呼ばれ続け、役立て良かったと内心満足していたのですが、いつの間にか幼稚園のホームページで映像が公開され・・・先生ママの演奏はすばらしいのに、私は音を何度か外して恥ずかしい。だってやり始めて1年半だし(翔太のレッスンのついでに3分くらい先生から習っているだけ)、仕方ないと開き直ってみたけれど。子供がその場で聴く分には問題ないのだけど、父兄全員に見られるなんて。話だけにして欲しかった。困ったなと思っていたら、今月の企画は翔太のクラスメイトのお父さんによるトランペットの紹介らしい。誰かと思ったら、楽団所属のプロの演奏家らしい。恐るべしこの父兄軍団。もう穴があったら入りたいよ。

今までに、歯科医、整形外科医、眼科医による仕事紹介。IBMエンジニアがパソコンを分解してコンピューターの仕組みを紹介。広告業界人によるマーケティングのお話(本当のイチゴをつぶして作ったイチゴミルクと、香料や着色料で作ったイチゴミルクの比較)。子供達がデザイン会社のオフィスにおじゃまし、自分が描いた絵をパソコンに取り込んで世界に一つだけのノートブックを制作。インドにボランティアに出かけた大学職員によるインド文化の紹介等々。お父さんあり、お母さんあり、皆さん教育熱心だわあ。
対象は2-6才までの子供達ですが、どの父兄も写真や図解を駆使して専門分野を噛み砕いて説明されたよう(どこまで分かるかは別として・・・)。私も聴いてみたい興味深い話ばかり、今の子供って本当に恵まれているよなあ。こんなに小さい頃から職業教育が受けられて、しかも解説してくれるのはその道の専門家ばかり。
ああうらやましい。
さて先月、お友達のママがチェロを紹介をする企画で、チェロとバイオリンの音色比較のために、息子にバイオリンを弾くようにお願いしているけれど恥ずかしがって弾きたがらないと話があり、急きょ時間がある私がお手伝いすることに。このママはチェロが専門で音大出身、しかも音楽の先生。チェロとバイオリンの大きさ比較、チェロの各部位の名前や役割を紹介、二つの楽器の音色の違い等をクイズを交えて、分かりやすく紹介されたのはさすが先生。私は先生ママの隣でバイオリンを抱えてにこにこしていて、音色の比較のところで、『ちょうちょ(台湾では小蜜蜂という名前)』 をアンサンブルしただけ。そして最後に先生ママがサンサーンスの『白鳥』の独奏して無事終了。
私は刺身のつまのような存在で、子供から”●●ママ~!”と愛想良く呼ばれ続け、役立て良かったと内心満足していたのですが、いつの間にか幼稚園のホームページで映像が公開され・・・先生ママの演奏はすばらしいのに、私は音を何度か外して恥ずかしい。だってやり始めて1年半だし(翔太のレッスンのついでに3分くらい先生から習っているだけ)、仕方ないと開き直ってみたけれど。子供がその場で聴く分には問題ないのだけど、父兄全員に見られるなんて。話だけにして欲しかった。困ったなと思っていたら、今月の企画は翔太のクラスメイトのお父さんによるトランペットの紹介らしい。誰かと思ったら、楽団所属のプロの演奏家らしい。恐るべしこの父兄軍団。もう穴があったら入りたいよ。

次男坊もついに4才になりました。当日は家族で簡単に買ってきたケーキでお祝い。プレゼントはサッカーボールで、夜はベットに持ち込むほど気に入り、一安心。そして幼稚園でのお誕生日会のために、大樹へのメッセージカード、誕生から今までの写真(USBに入れクラスで見たそうです)、クラス全員に配るお菓子を用意しました。
みんなに配るお菓子は友人から教えてもらったスノーボールを手作り。先生のものも入れてクッキーを1円玉大140個を丸めたのですが、夜中の作業は骨が折れました。そして思いの外大変だったのは、誕生から今までの写真。この4年間の膨大な量の写真に目を通しながら、写真を選ぶこと数時間。結局夜中の1時から7時まで6時間も費やし、次の日は寝不足で辛かった。
嬉しい反面、大変なお誕生日でした。やれやれ。
★芋頭(タロイモ)ケーキでお祝い

★プレゼントはサッカーボール

★2月から同じ幼稚園に通い始めました

★伝い歩きの頃

★この頃、一番可愛かったなあ
みんなに配るお菓子は友人から教えてもらったスノーボールを手作り。先生のものも入れてクッキーを1円玉大140個を丸めたのですが、夜中の作業は骨が折れました。そして思いの外大変だったのは、誕生から今までの写真。この4年間の膨大な量の写真に目を通しながら、写真を選ぶこと数時間。結局夜中の1時から7時まで6時間も費やし、次の日は寝不足で辛かった。
嬉しい反面、大変なお誕生日でした。やれやれ。
★芋頭(タロイモ)ケーキでお祝い

★プレゼントはサッカーボール

★2月から同じ幼稚園に通い始めました

★伝い歩きの頃

★この頃、一番可愛かったなあ
書きたいと思ってなかなか書けなかったこと、習い事について。
翔太がバイオリンを始めて1年半。私の昔バイオリンを習ってみたかったという憧れ、そして子供の習い事という機会を利用し自分も触ってみたいというエゴで、私の誘導、半ば強制的に始めさせた習い事。何ヶ月持つやらと思いながら、何とか今日まで来ました。翔太に加え私もバイオリンを買ってルンルンのはずが・・・
翔太は毎晩『バイオリン練習するで!』 と聞くなりぐずり、練習をするまでが大変。しかも歌も踊りもさほど興味がない子にとって、1曲目のキラキラ星のリズムとることも一苦労でした。更に左手でバイオリンを構えて(親指、人差し指から小指まで決まった構え方あり)、右手で弓を持つという行為(こちらも左手と同様)、同時にやってみると本当に難しいようです。
先生は翔太の扱いが上手で、翔太がレッスン中にぐずっても、気持ちよくできるようにうまく誘導されます。それに比べ家では、練習が後のばしになってしまい寝る前になって、親子バトルは絶えません。『そんなにイヤだったらママはもういいから、やめなさい!』 『やめるのはイヤ~ぎゃーぎゃーぎゃー』 と泣き叫ばれることもしょっちゅう。私も何度バイオリンごと投げつけたいと思ったことか。実際に弓を1本折ったんだけど。しかも私も一緒に弾いているものだから、『どうしてさき言ったことができないのか!!!』 と切れることもしばしば。
先生から子供の扱い方を学ぶことも多いし、バイオリンの練習が親子関係の修行に思え、もうすぐ始まる小学校での勉強の取り組みの予行演習のような気さえしています。だから度重なる親子の衝突や、うまくできない挫折感を感じ、何度もやめたいと思いました。でもそこであきらめたら親としてしめしがつかないと思うと、やめられないんだよねえ。
翔太は最初はいやいやでしたが、翔太は数曲弾けるようになった頃から、弾くのがが少し楽しくなってきたようです。その翔太も1冊目のテキストが終了、17曲マスターして検定試験に無事合格。子供に習い事を強要するなんて良くないから、やめさせようと何度となく思ったものの、音楽や運動を通じて友達が沢山できたら楽しいだろうなあと脳天気に考える母であった。
翔太がバイオリンを始めて1年半。私の昔バイオリンを習ってみたかったという憧れ、そして子供の習い事という機会を利用し自分も触ってみたいというエゴで、私の誘導、半ば強制的に始めさせた習い事。何ヶ月持つやらと思いながら、何とか今日まで来ました。翔太に加え私もバイオリンを買ってルンルンのはずが・・・
翔太は毎晩『バイオリン練習するで!』 と聞くなりぐずり、練習をするまでが大変。しかも歌も踊りもさほど興味がない子にとって、1曲目のキラキラ星のリズムとることも一苦労でした。更に左手でバイオリンを構えて(親指、人差し指から小指まで決まった構え方あり)、右手で弓を持つという行為(こちらも左手と同様)、同時にやってみると本当に難しいようです。
先生は翔太の扱いが上手で、翔太がレッスン中にぐずっても、気持ちよくできるようにうまく誘導されます。それに比べ家では、練習が後のばしになってしまい寝る前になって、親子バトルは絶えません。『そんなにイヤだったらママはもういいから、やめなさい!』 『やめるのはイヤ~ぎゃーぎゃーぎゃー』 と泣き叫ばれることもしょっちゅう。私も何度バイオリンごと投げつけたいと思ったことか。実際に弓を1本折ったんだけど。しかも私も一緒に弾いているものだから、『どうしてさき言ったことができないのか!!!』 と切れることもしばしば。
先生から子供の扱い方を学ぶことも多いし、バイオリンの練習が親子関係の修行に思え、もうすぐ始まる小学校での勉強の取り組みの予行演習のような気さえしています。だから度重なる親子の衝突や、うまくできない挫折感を感じ、何度もやめたいと思いました。でもそこであきらめたら親としてしめしがつかないと思うと、やめられないんだよねえ。
翔太は最初はいやいやでしたが、翔太は数曲弾けるようになった頃から、弾くのがが少し楽しくなってきたようです。その翔太も1冊目のテキストが終了、17曲マスターして検定試験に無事合格。子供に習い事を強要するなんて良くないから、やめさせようと何度となく思ったものの、音楽や運動を通じて友達が沢山できたら楽しいだろうなあと脳天気に考える母であった。
東北大震災から1年。台湾にある交流協会(台湾における日本大使館)の今井正代表より、台湾の皆様へ感謝のメッセージが伝えられました。そしてこのCMは11-17日まで台湾のテレビで放送。三大都市の屋外テレビやMRT(台北地下鉄)内でも放送されているそうです。
友人に助けてもらったら、感謝の気持ちで”ありがとう”と伝える。今まで日本人は台湾の方の好意に甘えっぱなしで、こんな当たり前のことさえやってこなかったのではと考えさせられました。日本政府が海外でメディアやイベントを通じて、明確なメッセージを伝えたことに大いに拍手を送りたい(政治の現場ではいつもお隣の大国のご機嫌ばかり伺って、台湾さんは無視に近いものだから)。そして日々出会う台湾の友達達に、感謝の言葉を伝えたいと思います。気持ちは言葉に、言葉は形に。皆さん勇気を持って伝えませんか。
以下、今井正代表のメッセージを添付します。
(交流協会今井正代表致詞 中文翻訳)
日本が直面した未曾有の危機である東日本大震災から1年を迎えるに際し、この震災で被災された方々に対し謹んでお見舞い申し上げます。
台湾の皆様からは、地震発生直後から、暖かい励ましの言葉が寄せられ、馬英九総統ご自身も参加されたチャリティーTV番組、巨額の義捐金や支援物資の提供、救援隊の派遣など、大変大きなご支援をいただきました。
昨年、野田佳彦内閣総理大臣から、国会の場で「台湾からの友情あふれる、破格の、心からの御支援に対して、深く、心から感謝申し上げたい」と発言されましたが、本日3月12日も当地各紙に、台湾をはじめとする国際社会からの支援に対する感謝のメッセージを寄稿されました。私ども交流協会も、昨日3月11日、台湾の各紙に「ありがとう台湾、日本は元気に再生します」とのメッセージを掲載したところであります。
この1年を振り返り、改めて台湾からの御支援の大きさと、それが本当に多くの台湾の皆様お一人お一人に支えられていたのだということに感動しております。台湾の皆様方のご友情に、深く心からの感謝を申し上げます。
「まさかの友は真の友。」私たち日本人は、日本にとって重要な隣人・友人としての台湾の存在の大切さを改めて実感しました。台湾の方々からの「がんばれ日本」の声は、多くの日本人の心の奥底に届き、染み入りました。
日本の人々からも台湾への感謝の声が続々と沸き起こり、「がんばれ日本」「ありがとう台湾」の大合唱は今もなお大きく広がっています。大震災にも関わらず、昨年は、日本から台湾への渡航者の数は約130万人に上り、史上最高を記録しましたし、また、経済交流、観光等の分野で台湾を訪れたミッションも200件、1,800人を超えました。また、台湾への感謝と日本人の姿を伝えようと、台湾で学ぶ日本人留学生やボランティアの皆さんによる感謝イベントが次々と開催されています。
日本と台湾との間にはすばらしい心と心の通い合いがあり、特別な絆があるのだとの思いを強く噛みしめています。これは台湾で暮らす多くの日本人が共有する思いです。
私は今月初め、東北地方岩手県の被災地を訪ねてまいりました。現地の自治体の職員の人は、私に対し、大きな笑顔で「台湾から実に大きなご支援をいただきました」と語ってくれました。被災地の人々は、台湾の皆様からの励ましを力に、生まれ育った自分たちの町を再建すべく、復興の道をしっかりと歩んでいます。
困難な時に台湾の皆様から頂いた励ましを、日本人は決して忘れません。私ども交流協会が被災地の皆さんからお預かりしたメッセージ【台湾への感謝CM】をぜひご覧ください。
日本の復興は着実に進展しております。一部の規制地域を除いて日本のほとんどの地域は、今や震災前の日常生活に戻っております。台湾各界の皆様方には安心して、ビジネス、観光、留学等で、日本を訪れてくださるよう、念願しております。
日本は、国際社会に対して引き続き、復興の状況は安全性等について、正確な情報を迅速 に提供して参ります。台湾側におかれましても、最新の状況に見合った渡航規制・輸入規制の見直し・緩和をよろしくお願い申し上げます。
日本は、大震災や原発事故から得られた知見と教訓を、国際社会と共有いたします。日本は、過去において何度も、大きな災害を乗り越えて参りました。今回も、震災被害からの「開かれた復興」と再生、防災、グリーン経済への移行等々の分野で、ピンチをチャンスに変えるモデルを世界に示していく決意であります。
交流協会としても、台湾で生活する日本人の方々と手を携えて、台湾の皆様と協力し、現在の良好かつ緊密な日台関係が今後ますます盤石なものとなるよう力を尽くして参ります。
最後に、改めて、震災で亡くなられた方々の御冥福をお祈りし、台湾の皆様からの御支援に心からの感謝を申し上げ、そして日本の復興をお誓いして、私のご挨拶とさせていただきます。(以上、交流協会HPより)
友人に助けてもらったら、感謝の気持ちで”ありがとう”と伝える。今まで日本人は台湾の方の好意に甘えっぱなしで、こんな当たり前のことさえやってこなかったのではと考えさせられました。日本政府が海外でメディアやイベントを通じて、明確なメッセージを伝えたことに大いに拍手を送りたい(政治の現場ではいつもお隣の大国のご機嫌ばかり伺って、台湾さんは無視に近いものだから)。そして日々出会う台湾の友達達に、感謝の言葉を伝えたいと思います。気持ちは言葉に、言葉は形に。皆さん勇気を持って伝えませんか。
以下、今井正代表のメッセージを添付します。
(交流協会今井正代表致詞 中文翻訳)
日本が直面した未曾有の危機である東日本大震災から1年を迎えるに際し、この震災で被災された方々に対し謹んでお見舞い申し上げます。
台湾の皆様からは、地震発生直後から、暖かい励ましの言葉が寄せられ、馬英九総統ご自身も参加されたチャリティーTV番組、巨額の義捐金や支援物資の提供、救援隊の派遣など、大変大きなご支援をいただきました。
昨年、野田佳彦内閣総理大臣から、国会の場で「台湾からの友情あふれる、破格の、心からの御支援に対して、深く、心から感謝申し上げたい」と発言されましたが、本日3月12日も当地各紙に、台湾をはじめとする国際社会からの支援に対する感謝のメッセージを寄稿されました。私ども交流協会も、昨日3月11日、台湾の各紙に「ありがとう台湾、日本は元気に再生します」とのメッセージを掲載したところであります。
この1年を振り返り、改めて台湾からの御支援の大きさと、それが本当に多くの台湾の皆様お一人お一人に支えられていたのだということに感動しております。台湾の皆様方のご友情に、深く心からの感謝を申し上げます。
「まさかの友は真の友。」私たち日本人は、日本にとって重要な隣人・友人としての台湾の存在の大切さを改めて実感しました。台湾の方々からの「がんばれ日本」の声は、多くの日本人の心の奥底に届き、染み入りました。
日本の人々からも台湾への感謝の声が続々と沸き起こり、「がんばれ日本」「ありがとう台湾」の大合唱は今もなお大きく広がっています。大震災にも関わらず、昨年は、日本から台湾への渡航者の数は約130万人に上り、史上最高を記録しましたし、また、経済交流、観光等の分野で台湾を訪れたミッションも200件、1,800人を超えました。また、台湾への感謝と日本人の姿を伝えようと、台湾で学ぶ日本人留学生やボランティアの皆さんによる感謝イベントが次々と開催されています。
日本と台湾との間にはすばらしい心と心の通い合いがあり、特別な絆があるのだとの思いを強く噛みしめています。これは台湾で暮らす多くの日本人が共有する思いです。
私は今月初め、東北地方岩手県の被災地を訪ねてまいりました。現地の自治体の職員の人は、私に対し、大きな笑顔で「台湾から実に大きなご支援をいただきました」と語ってくれました。被災地の人々は、台湾の皆様からの励ましを力に、生まれ育った自分たちの町を再建すべく、復興の道をしっかりと歩んでいます。
困難な時に台湾の皆様から頂いた励ましを、日本人は決して忘れません。私ども交流協会が被災地の皆さんからお預かりしたメッセージ【台湾への感謝CM】をぜひご覧ください。
日本の復興は着実に進展しております。一部の規制地域を除いて日本のほとんどの地域は、今や震災前の日常生活に戻っております。台湾各界の皆様方には安心して、ビジネス、観光、留学等で、日本を訪れてくださるよう、念願しております。
日本は、国際社会に対して引き続き、復興の状況は安全性等について、正確な情報を迅速 に提供して参ります。台湾側におかれましても、最新の状況に見合った渡航規制・輸入規制の見直し・緩和をよろしくお願い申し上げます。
日本は、大震災や原発事故から得られた知見と教訓を、国際社会と共有いたします。日本は、過去において何度も、大きな災害を乗り越えて参りました。今回も、震災被害からの「開かれた復興」と再生、防災、グリーン経済への移行等々の分野で、ピンチをチャンスに変えるモデルを世界に示していく決意であります。
交流協会としても、台湾で生活する日本人の方々と手を携えて、台湾の皆様と協力し、現在の良好かつ緊密な日台関係が今後ますます盤石なものとなるよう力を尽くして参ります。
最後に、改めて、震災で亡くなられた方々の御冥福をお祈りし、台湾の皆様からの御支援に心からの感謝を申し上げ、そして日本の復興をお誓いして、私のご挨拶とさせていただきます。(以上、交流協会HPより)
数年前から登録だけしていたフェイスブック。昨秋頃、突然、中高時代の同級生2人から友達リクエストが届き、それがきっかけで次々と同級生とつながり始めています。フェイスブックでは誰か1人とつながると、その友達の友達が『~さんは友達ですか?』 と紹介されるため、同級生の場合は数珠繋ぎのように友達が増えていくわけ。それで偶然、同級生の1人が旦那様と一緒に台北に駐在していることが判明し、台北で20数年ぶりの再会!!! 海外生活なのにこんな近くにご縁があるなんて、本当に嬉しいです。そして地元大阪に住んでいる友達とも何人も連絡がとれ、大阪でミニ同窓会も開いてもらい、ほとんどの人がそれも20数年ぶりに再会しました。
中高と大阪のお寺の境内にある女子校で濃い~生活を過ごしたのですが、大学に進んだ途端、ちりちりばらばらとなり、いまだ連絡している友達は数える程でした。それがフェイスブックがきっかけで大阪や東京、そして海外在住の友達と一気に連絡が取れています。同級生でも居住地、職業、未婚既婚、子供あるなしなど本当にみんなそれぞれだけど、青春時代を共に過ごした根っこの部分は一緒なので、20年ぶりに会話しても全く違和感なし、いきなり本音トーク炸裂でおもしろいおもしろい。そのミニ同窓会もフェイスブック繋がりなので、メンバー同士はクラスが違ったりして知らない人もいて、フェイスブック以外ではあり得なかったメンバーだったのも刺激的でした。
思い起こせばその学校は、関西ではとても有名な進学校。中学時代から大学入試を念頭に置いて勉強しているようなガリ勉中心の生活でした。高校の時なんか担任に『君たち、高校時代を楽しむことは諦めたまえ!』 なんて言われ、中間期末以外にもテストがめじろうし。スポーツや部活を楽しむ暇は与えられず、それでもそれなりに友達同士学外では楽しんでいたのだけど、大学や社会に出た時、自分が高校時代いかに健全な過ごし方をしていなかったのか思い知った訳。勉強ばっかりだった自分自身が空虚に感じられ、その穴を埋めるのにずいぶん長い間要しました。あまり思い出したくもなかった中高時代に長年トラウマを感じていましたが、同級生との再会で、暗黒時代もかなり肯定的にとらえられるようになり心も傷も癒えつつあります。同級生って本当にいいなあ。
フェイスブックに話は戻りますが、同級生にとどまらず、大学時代のバイト友人、中国留学時代の友達、仕事時代の友人、台湾での現在進行形のお友達とも輪が広がり、みんなの近況が聞けてとても面白いです。ただ毎日見ていると、あっという間に時間が経ってしまう。いまやこのブログは私の人生の一部分だし、書きたいことはどうしても長文になってしまうので、フェイスブックは長期の記録としては向かないような気がして、今まで通りこちらを軸にやって行こうかと思っています。見てくれる人数的にはフェイスブックの方が多いのだけどもねえ。どうしたらいいんだろうね。便利な使い方、両方の使い分けなどご存じでしたら、教えて下さい。とりあえず、これからもよろしく!
★入院中の義母をつきっきりで看病する義父へのお弁当
80近い義父には多すぎたそうです

★キスの骨せんべい、どうぞ!
適当に作ったら市販のものと同じ味が再現できました
中高と大阪のお寺の境内にある女子校で濃い~生活を過ごしたのですが、大学に進んだ途端、ちりちりばらばらとなり、いまだ連絡している友達は数える程でした。それがフェイスブックがきっかけで大阪や東京、そして海外在住の友達と一気に連絡が取れています。同級生でも居住地、職業、未婚既婚、子供あるなしなど本当にみんなそれぞれだけど、青春時代を共に過ごした根っこの部分は一緒なので、20年ぶりに会話しても全く違和感なし、いきなり本音トーク炸裂でおもしろいおもしろい。そのミニ同窓会もフェイスブック繋がりなので、メンバー同士はクラスが違ったりして知らない人もいて、フェイスブック以外ではあり得なかったメンバーだったのも刺激的でした。
思い起こせばその学校は、関西ではとても有名な進学校。中学時代から大学入試を念頭に置いて勉強しているようなガリ勉中心の生活でした。高校の時なんか担任に『君たち、高校時代を楽しむことは諦めたまえ!』 なんて言われ、中間期末以外にもテストがめじろうし。スポーツや部活を楽しむ暇は与えられず、それでもそれなりに友達同士学外では楽しんでいたのだけど、大学や社会に出た時、自分が高校時代いかに健全な過ごし方をしていなかったのか思い知った訳。勉強ばっかりだった自分自身が空虚に感じられ、その穴を埋めるのにずいぶん長い間要しました。あまり思い出したくもなかった中高時代に長年トラウマを感じていましたが、同級生との再会で、暗黒時代もかなり肯定的にとらえられるようになり心も傷も癒えつつあります。同級生って本当にいいなあ。
フェイスブックに話は戻りますが、同級生にとどまらず、大学時代のバイト友人、中国留学時代の友達、仕事時代の友人、台湾での現在進行形のお友達とも輪が広がり、みんなの近況が聞けてとても面白いです。ただ毎日見ていると、あっという間に時間が経ってしまう。いまやこのブログは私の人生の一部分だし、書きたいことはどうしても長文になってしまうので、フェイスブックは長期の記録としては向かないような気がして、今まで通りこちらを軸にやって行こうかと思っています。見てくれる人数的にはフェイスブックの方が多いのだけどもねえ。どうしたらいいんだろうね。便利な使い方、両方の使い分けなどご存じでしたら、教えて下さい。とりあえず、これからもよろしく!
★入院中の義母をつきっきりで看病する義父へのお弁当
80近い義父には多すぎたそうです

★キスの骨せんべい、どうぞ!
適当に作ったら市販のものと同じ味が再現できました
2月初旬、家族4人で北陸へ旅行へ行きました。
1日目は福井県三国でかにを食べる予定が、大雪のため滋賀県内が不通となり(湖西線、琵琶湖線ともに)、京都まで行って折り返し実家へ。そして2日目、福井は断念しもともとこの日に予定していた金沢へ向かいました。この日も湖西線が不通だったため、大阪駅から長浜行きの快速へ乗車。次は近江塩津まで、そして敦賀までとローカル線を乗り継ぎ、敦賀からやっと金沢行きの特急に乗り約8時間かけ到着。この日は吹雪いていて回転寿司を食べただけで終了。
2日目曇り、50センチくらい雪が積もっている。大通り沿いの歩道はきっちり雪かきされているので歩きやすいのだけど、子供がはしゃいで雪を触ったり、玉を作るものだから移動に時間がかかる。わざわざ台湾と大阪から持ってきたみんなの長靴が大活躍。これがなければ外は一歩も歩けませんでした。
近江町市場、兼六園へ。近江町市場は評判通りかにを筆頭に魚介類が豊富で、市場の規模が大きく、観光客も多くてとてもにぎやかでした。魚の種類は大阪の黒門市場なんて比べものになりません。旬の魚は大盛りにしてあって、1回の晩ご飯分でも千円以下で買えそう。台湾の魚に比べると安く感じる。そして加賀野菜を始め全国の珍しい野菜も揃っていて、見ているだけでワクワクします。私だけならじっくり半日はかけたいところでしたが、子供に行こう行こうとせかされ、ゆっくりは見られず、ゆっくりは食べられず。
そして次、銀色世界の兼六園へ。兼六園と言えばここ、霞ヶ池の水も凍りつき風情のある冬の景色が楽しめました。その他、庭園の中には沢山の名所があるそうですが、子供の手を取りながら転ばないように歩くだけで手一杯、地図を見ながら見て回る余裕がなかった・・・。更に吹雪いていて、体の芯まで冷える寒さ。子供達はここでも雪を素手で触りまくり、雪だるままで作っていました。兼六園で雪だるまとは贅沢な子供たち。次は私のたっての希望、兼六園の中にある伝統産業工芸館へ。まず金沢に36種類もの多様な伝統工芸が残っていることに驚きました。加賀友禅、九谷焼、輪島塗、山中漆器、金沢箔以外にも仏壇、加賀毛針、七尾和ろうそく、水引もあるんですね。安価で工業的な製品にあふれ、流行を追い求める使い捨て文化がはびこる現代生活で、まだまだ伝統工芸産業が残っている北陸のおおらかさを感じます。
3日目晴れ、降り積もった雪がとけるほど暖かい一日。金沢城へ向かう途中、福音館書店(有名な子供向けの書籍の出版社)の看板に引き寄せられるように入店しました。金沢は福音館書店の発祥の地だそうで、目にするもの目にするもの家にあるなじみの深い本ばかりで、いくら見ても飽きません。子供が気に入った本、私も買おうと思っていた本を購入。翔太はおばちゃんと一緒に本を読んでいたのですがその本が欲しいと言って大泣き。もう本を何冊も買った後だったし、長い間読める本じゃなかったので、次にしようと説得したのですが、ぐずってぐずってお店を後に。
それから金沢城。石川門、菱櫓、五十間長屋、橋爪門続櫓などを見学。私も歴史が弱いのでお城の説明はできないけれど、展示物の中から分かりやすいところだけ子供に説明。お城と言えば天守閣ですが、金沢城に天守閣がないのは、1602年落雷による火災で焼失し、設計図など詳しい資料が残っていないため再建されていないからだそうです。そして急いで金沢駅に戻り、駅ナカで海鮮物を食べ、あわててお土産を買って帰路につきました。
実質2日間の金沢滞在。前述しましたが、カメラと携帯をなくし主人に叱られあきれられ、警察や電話会社へ行ったり忙しく、雪で足場が悪く歩くだけで時間がかかったことがあり、観光できたのはたったこれだけ。しかもカメラをなくしたショックで、買い物する気もなえて思いっきりお金を使えませんでした。陶器や塗りのお店も沢山あったのに、子連れでは危なくてまったく入れず横目でチラッと見ただけ。行きたい観光地もまだまだあったのに、時間が足りなかった~。ただ大学時代に訪れた時と比べ、市内を走る観光バスやパンフレットなどが便利に整備され旅行者に優しく、美しいものや美味しいものがぎゅっとつまっている魅力たっぷりな街でした。
今度は子なしでじっくり出かけたいよ。近いうちにリベンジするぞ~!
★近江町市場にて


★金箔貼り体験

★雪の兼六園

★大通りから一歩入ると雪かきはまだまだ、伝統的な建物があちらこちらに残っていて町歩きもたのしい

★福音館書店店内

1日目は福井県三国でかにを食べる予定が、大雪のため滋賀県内が不通となり(湖西線、琵琶湖線ともに)、京都まで行って折り返し実家へ。そして2日目、福井は断念しもともとこの日に予定していた金沢へ向かいました。この日も湖西線が不通だったため、大阪駅から長浜行きの快速へ乗車。次は近江塩津まで、そして敦賀までとローカル線を乗り継ぎ、敦賀からやっと金沢行きの特急に乗り約8時間かけ到着。この日は吹雪いていて回転寿司を食べただけで終了。
2日目曇り、50センチくらい雪が積もっている。大通り沿いの歩道はきっちり雪かきされているので歩きやすいのだけど、子供がはしゃいで雪を触ったり、玉を作るものだから移動に時間がかかる。わざわざ台湾と大阪から持ってきたみんなの長靴が大活躍。これがなければ外は一歩も歩けませんでした。
近江町市場、兼六園へ。近江町市場は評判通りかにを筆頭に魚介類が豊富で、市場の規模が大きく、観光客も多くてとてもにぎやかでした。魚の種類は大阪の黒門市場なんて比べものになりません。旬の魚は大盛りにしてあって、1回の晩ご飯分でも千円以下で買えそう。台湾の魚に比べると安く感じる。そして加賀野菜を始め全国の珍しい野菜も揃っていて、見ているだけでワクワクします。私だけならじっくり半日はかけたいところでしたが、子供に行こう行こうとせかされ、ゆっくりは見られず、ゆっくりは食べられず。
そして次、銀色世界の兼六園へ。兼六園と言えばここ、霞ヶ池の水も凍りつき風情のある冬の景色が楽しめました。その他、庭園の中には沢山の名所があるそうですが、子供の手を取りながら転ばないように歩くだけで手一杯、地図を見ながら見て回る余裕がなかった・・・。更に吹雪いていて、体の芯まで冷える寒さ。子供達はここでも雪を素手で触りまくり、雪だるままで作っていました。兼六園で雪だるまとは贅沢な子供たち。次は私のたっての希望、兼六園の中にある伝統産業工芸館へ。まず金沢に36種類もの多様な伝統工芸が残っていることに驚きました。加賀友禅、九谷焼、輪島塗、山中漆器、金沢箔以外にも仏壇、加賀毛針、七尾和ろうそく、水引もあるんですね。安価で工業的な製品にあふれ、流行を追い求める使い捨て文化がはびこる現代生活で、まだまだ伝統工芸産業が残っている北陸のおおらかさを感じます。
3日目晴れ、降り積もった雪がとけるほど暖かい一日。金沢城へ向かう途中、福音館書店(有名な子供向けの書籍の出版社)の看板に引き寄せられるように入店しました。金沢は福音館書店の発祥の地だそうで、目にするもの目にするもの家にあるなじみの深い本ばかりで、いくら見ても飽きません。子供が気に入った本、私も買おうと思っていた本を購入。翔太はおばちゃんと一緒に本を読んでいたのですがその本が欲しいと言って大泣き。もう本を何冊も買った後だったし、長い間読める本じゃなかったので、次にしようと説得したのですが、ぐずってぐずってお店を後に。
それから金沢城。石川門、菱櫓、五十間長屋、橋爪門続櫓などを見学。私も歴史が弱いのでお城の説明はできないけれど、展示物の中から分かりやすいところだけ子供に説明。お城と言えば天守閣ですが、金沢城に天守閣がないのは、1602年落雷による火災で焼失し、設計図など詳しい資料が残っていないため再建されていないからだそうです。そして急いで金沢駅に戻り、駅ナカで海鮮物を食べ、あわててお土産を買って帰路につきました。
実質2日間の金沢滞在。前述しましたが、カメラと携帯をなくし主人に叱られあきれられ、警察や電話会社へ行ったり忙しく、雪で足場が悪く歩くだけで時間がかかったことがあり、観光できたのはたったこれだけ。しかもカメラをなくしたショックで、買い物する気もなえて思いっきりお金を使えませんでした。陶器や塗りのお店も沢山あったのに、子連れでは危なくてまったく入れず横目でチラッと見ただけ。行きたい観光地もまだまだあったのに、時間が足りなかった~。ただ大学時代に訪れた時と比べ、市内を走る観光バスやパンフレットなどが便利に整備され旅行者に優しく、美しいものや美味しいものがぎゅっとつまっている魅力たっぷりな街でした。
今度は子なしでじっくり出かけたいよ。近いうちにリベンジするぞ~!
★近江町市場にて


★金箔貼り体験

★雪の兼六園

★大通りから一歩入ると雪かきはまだまだ、伝統的な建物があちらこちらに残っていて町歩きもたのしい

★福音館書店店内

厳寒の日本から暖かい台北に帰国。相変わらず雨が多いけれど、日本に比べるとかなり暖かい。翌日から二人とも幼稚園に行ってくれて、久しぶりに自由時間を持ててうれしいはずなのに、憂鬱な気持ちを引きずってました。2月初旬に家族で行った金沢旅行の初日、同時に失ったデジカメと携帯があきらめきれない。3週間の貴重な大阪滞在をたどる記録を失った喪失感。今までほとんどの記憶を写真に頼っていたので、ショックが大きくてブログを書く気も起こらず。
失ったのは敦賀から金沢まで乗った特急しらさぎの車中だと特定できていたので、旅行中にJRの忘れ物センターに問い合わせ、警察に届け出、電話会社に出向いて回線をストップしたりと忙しい。
ところが先週父から電話で、携帯が見つかったとのこと。岐阜県大垣警察署から通知があったらしい。きっと大垣の車両基地でお掃除におばさんが見つけてくれたのでしょう。台北から警察に電話したところ、金沢の警察に出していた紛失届との照合ができ(オンライン化されていた、助かる)、書類への記入さえすれば着払いで大阪に送ってくれるとのこと。そして親切な係の人が、そう言えばデジカメもと再度探してくれましたが、見つからず。本当はデジカメが見つかってくれたら良かったのに。
少し希望が見えてきたところで、でもデジカメの中の写真たちを考えるとやっぱりあきらめられず、昨日JR東海の忘れ物センターに問い合わせ、なし。今度は最初に届け出た金沢の忘れ物センターに電話したところ、それらしい落とし物があったのだけど、もう警察に届けたとのこと。そして金沢の警察に電話、カメラの特徴を伝え、写真に何が写っているかまで確認され、有ります!!! と返事。紛失届が出ているので、書類に記入するだけで大阪に送ってくれるとのこと。
やったー! デジカメが見つかりました。携帯もデジカメも拾ったらチップだけ取って捨てたりするに違いないと冷めてましたが、途中盗んだり、捨てたりされず、何人もの手を経て警察で保管されている事実。日本人のまじめさ、几帳面さ、そして警察力、五万とある落とし物から自分のものが見つかる日本、すごい国だわ。海外に生活しているからこそ、日本人の親切さや警察の優秀さを強く感じます。本当捨てたもんじゃないよ。しかも紛失届を警察に出すように言ってくれた主人にも深く感謝です。つまらない話を長々とごめんなさい。最後に言いたかったこと、
『自分の人生に対してしつこく立ち向かうべし。とにかく行動あるのみ。』
実家の母からは”あんたはいつもしつこい”って嫌がられてるけどね。40しょっぱなで景気ええ感じ。今年もどんどん行けそうな勢いです。
★金沢市内も大雪、子供は大喜び
失ったのは敦賀から金沢まで乗った特急しらさぎの車中だと特定できていたので、旅行中にJRの忘れ物センターに問い合わせ、警察に届け出、電話会社に出向いて回線をストップしたりと忙しい。
ところが先週父から電話で、携帯が見つかったとのこと。岐阜県大垣警察署から通知があったらしい。きっと大垣の車両基地でお掃除におばさんが見つけてくれたのでしょう。台北から警察に電話したところ、金沢の警察に出していた紛失届との照合ができ(オンライン化されていた、助かる)、書類への記入さえすれば着払いで大阪に送ってくれるとのこと。そして親切な係の人が、そう言えばデジカメもと再度探してくれましたが、見つからず。本当はデジカメが見つかってくれたら良かったのに。
少し希望が見えてきたところで、でもデジカメの中の写真たちを考えるとやっぱりあきらめられず、昨日JR東海の忘れ物センターに問い合わせ、なし。今度は最初に届け出た金沢の忘れ物センターに電話したところ、それらしい落とし物があったのだけど、もう警察に届けたとのこと。そして金沢の警察に電話、カメラの特徴を伝え、写真に何が写っているかまで確認され、有ります!!! と返事。紛失届が出ているので、書類に記入するだけで大阪に送ってくれるとのこと。
やったー! デジカメが見つかりました。携帯もデジカメも拾ったらチップだけ取って捨てたりするに違いないと冷めてましたが、途中盗んだり、捨てたりされず、何人もの手を経て警察で保管されている事実。日本人のまじめさ、几帳面さ、そして警察力、五万とある落とし物から自分のものが見つかる日本、すごい国だわ。海外に生活しているからこそ、日本人の親切さや警察の優秀さを強く感じます。本当捨てたもんじゃないよ。しかも紛失届を警察に出すように言ってくれた主人にも深く感謝です。つまらない話を長々とごめんなさい。最後に言いたかったこと、
『自分の人生に対してしつこく立ち向かうべし。とにかく行動あるのみ。』
実家の母からは”あんたはいつもしつこい”って嫌がられてるけどね。40しょっぱなで景気ええ感じ。今年もどんどん行けそうな勢いです。
★金沢市内も大雪、子供は大喜び
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